訃報

12月中旬ごろから長らくブログをUPしておりませんでしたが、
去る12月24日のクリスマスイブに最愛の父が他界してしまいました。
50歳後半で脳梗塞で倒れ、それから17年もの間闘病生活を送ってきた父。
右半身マヒと言語障害を抱えながら、それでも最初は杖1本で何とか歩行が出来る状態でした。
言葉も何とか聞き取れ、怒る時は時々ハッキリと物が言える事もあったり、そんな日々が続いていました。
それからどんどん、歩行器が大きくなり、ベットから起き上がってトイレに行く時にバランスを崩しベットの横で無造作に倒れ足を骨折してからというもの、もう杖での生活は出来なくなり、そこからどんどん歩行が困難となって寝たきりとなってしまいました。
そこまではゆうに10~12年ほどの歳月で、脳梗塞で倒れた割りには結構頑張った方だと思います。
やはり寝たきりになってからは身体の調子が下降気味となり、2年ほど前にとうとう胃瘻(いろう)※食事がうまく喉を通らず肺や違う器官に入ってしまうのでお腹からチューブで流動食を与える事。となってしまいました。
実家は九州ですが、東京から九州の実家まで戻り、医師と今後の医療方針について聞いたりもしました。もう一度口から好きなものを食べさせてあげたいという気持ちから、ネットで胃瘻から快復した人の体験談や病院を調べたりもしました。
しかし実際は快復どころか、胃瘻をしている患者を受け入れてくれる施設がなかなか見つからず困り果てていました。
そんな中、比較的新しく出来た施設で胃瘻患者でも受け入れてくれる施設を見付け、そこにお願いする事にしました。
私が結婚をしたのは2012年12月、式を挙げたのが翌年2013年10月、父以外の家族と親戚が東京に来てくれた時、式が終わって父の病院から連絡が来ました。
それは父の足が壊死(えし)し始めている。との連絡でした。
母や姉が式で東京に来る前日まで父の病院に行って様子をみていたそうですが、その時は特に何もなかったそうです。
しかし壊死しはじめると、とたんに1~2日程度で足先から足首くらいまで足の色が紫に変色してきて腐ってしまうのだそうです。
医師曰く、1日も早くご家族の決断を頂かないと命の危険もある。という事でした。
それは「大腿部(ふともも部分)からの足切断」です。
頭が真っ白になりました。
ただでさえ胃瘻で食べるものも食べれず、横たわるだけの毎日の父に足を切れというのです。
それを家族が決断しなければいけないという事。でも酷な事だけど、姉から父へ質問したところ本人は「足も切りたくないけど、生きたい」という返事でした。
私たち家族が下した決断は、やはりどんな形であれ生きて欲しい。という願いでした。
そしてその日は私の結婚式から約1週間後に決行されたのです。
手術は無事成功しました。麻痺している方の足という事もあってか麻酔のせいか、思っていたより本人は苦しまず安定していると聞いてホッとしました。
この手術の間に命を落としてしまう可能性もあると聞いていたので、この日は生きた心地がしませんでした。
無事手術を終えたと聞いた時は安堵で涙が出て、少し腰も力が抜けてしばらく座りこみました。
そんな苦渋の決断を迫られたのが昨年の10月、そして弟に子供が産まれ、その子供を見る事なく2014年のクリスマスイブに静かに眠るようにこの世を後にしました。
昔、占いでも言われていたんです。
父はいつまで生きられますか?という問いに、「あなたの弟さんが結婚などをして一区切り着いた時に、もしかすると代わるように・・・」と言いにくそうに言われたのを覚えています。
弟に子供が出来たのも嬉しい事でしたが、私の家族は反面「もうそろそろかもね・・・」と皆で思っていました。
やはり年を越す事が出来ませんでしたが、生前祭りごとが好きな父が最後に選んだのがイブだとは・・・これから毎年イブになると思い出すじゃないか~!と誰に怒るわけにもいかず、ただただ泣くばかりの年越しでした。
でももう父が苦しんだり、悲しんだりすることがないと思うと少しだけ気持ちが楽です。
今こうやって文章にしている間も涙が出てしまいます。
皆いつかは巡ってくる現実、受け止めなければいけませんね。
上手くまとまりませんが、これからも不妊ブログ出来る限り頑張ります。
そして天国で見てるであろう父に私の子供を見てもらうのです。
がんばるぞ~!!!


“訃報” への7件の返信

  1. お父様のご冥福をお祈り致します。
    marumaruさんもご家族の皆さまも
    そして、お父様も、、、、
    本当にお疲れさまでした。
    今年もまた頑張りましょうね!!

  2. いつもコメントありがとうございます。
    本当に辛い年越しでした・・・[絵文字:e-259]
    温かいコメントに癒されます。
    またお互い今年も頑張りましょう!

  3. お父様が亡くなられたのですね。
    お辛いですね…
    実は私の田舎も九州です。
    父は7?8年前に他界しました。
    本当に辛かったです。
    歳も同じで状況がとても似ているので共感致します。
    あの時は主人も事故で入院、手術と重なり、九州とこっちとを行ったり来たりで、無我夢中でした。
    身内の不幸は最大のストレスと言われています。
    無理をせず、辛い時は我慢しないで素敵な優しい旦那様に寄りかかってくださいね。

  4. らんらんさん、コメントありがとうございます[絵文字:v-291]
    らんらんさんも随分と辛い思いをされたのですね。
    そして同じ九州出身とは、これまた親近感ですね(笑)
    家族を亡くすとは本当に辛いですね。しかも親となるともう・・・言葉になりません[絵文字:v-292]
    少し落ち着いたら、治療の進捗状況をUPする予定なので良かったらまたのぞきに来て下さいね。
    私も無理せず我慢せず、これからは楽しい事を考えて頑張ります。
    らんらんさんも寒いので身体をた~くさん温めて冬を乗り切ってくださいね。

  5. お父様の旅立ちに心からお悔やみ申し上げます。
    まだまだお辛いと思いますが
    ゆったりとお過ごし下さいね。
    私は父が5年前に、母が2年前に旅立ちました。
    独身を謳歌し過ぎて結婚が遅くなり
    結局孫の顔を見せることが出来ませんでした。
    甥、姪がいたことがなにより救いとなりましたが。
    まだまだお寂しいとは思いますが、
    きっとお父様が赤ちゃんを連れてきてくれると思います。
    お父様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
    合掌

  6. maoさん、心温まるメッセージありがとうございます。
    ご自身の境遇をお話下さって、maoさんもとても辛い時を過ごされてきたのですね。
    私も意に反して結婚が遅くなり、父に旦那を見せる事は出来ても孫までは無理でした・・・。
    その事を含め、最後に話を沢山してきましたよ。
    きっと天国から見ていてくれていると信じています。
    うちも姪がいたのが本当に救いでした。
    最後の最後まで姪が父を和ませてくれていましたので・・・。
    時々まだふとした拍子に思い出し涙が出そうになりますが、
    これからは楽しい事だけ考えて生きていこうと思っています。
    本当にありがとうございました。

  7. お悔やみ申し上げます。
    コメント遅くなり申し訳ございません。
    大変お辛かったことでしょう。
    きっとお父様も天国で見守っていてくださると思います。
    marumaruさんの元にきっと赤ちゃんがやってくると思います。
    お互いがんばりましょう!!

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