さて、働くとするか!

不妊治療を始めてから2年くらいで仕事を一旦辞めて、妊活に専念しようと思ったのが2015年秋。43歳。
それから1年くらい専念するつもりが凍結卵も残ってたり、やっぱり仕事復帰無理だわ~と専業主婦が思いのほか性に合っていたせいで仕事を辞めて約2年が経とうとしていた。正確には1年9ヵ月くらい。8月31日の私の誕生日に最後の移植結果が発表されるという酷な現実・・・結果、惨敗。<参照記事>新宿ART最後の移植

それでも諦めきれなくて人工授精に夢膨らませたけどダメだった。神様が「もー終わりですよ。閉店閉店」と言っているようだった。

ぽかーん、と突然空いた時間に「さぁ~これからどうしようか、そうだ仕事だ」働かざるもの食うべからずだ・・・と重い腰を上げる。

2年前に勤めていた会社は、私が退職を願い出た時に「いきなりパッタリ辞めてしまうのも何だから休職にしたら?で、もしご懐妊となったら育休が取れるよ」という「ご懐妊」「育休」というキラキラワードと有りがたい申し出を深く考えず受け入れてしまった。
しかし、半年ほどして社会保険という借金が積み重なり、いつ復帰出来るか分からないのに、このまま借金が膨らんだら無職の身には払えないわ・・・と、一旦退職にした。そしてハローワークに行き失業手当を申請した。自分でも1年でご懐妊する予定だったもんだから、ハローワークに行った時には「何でもっと早く失業保険を申請しなかったんだろう」と、もう後悔しかなかった。ただでさえお金がかかるのに、更にここでいらん出費をしてしまったわ

この時くらいから、このまま治療を続けてしまっては自分のお金がどんどん無くなる(治療費は旦那が出してくれるんだけど)と不安に駆られてきて、仕事復帰を意識しだした。

でも2017年の夏くらいまで何とか過ごせていよいよ復帰を考えたときに一応復帰を受け入れてくれる前の会社を考えて、一応保険として他の会社も数社履歴書を送ってみたりした。
世の中やはりそんなに甘くもなく、45歳の壁は治療にも仕事にも影響を及ぼすのでした(笑)ことごとく断られました~一応経理としてマネージャークラスまで頑張ってきた経歴はあるんだけどね~やっぱり自分でも面接官として採用をやっていた時に年齢で見てるところもあったもんな~まぁ、納得の結果だけども。あと、ちょっと記念受験的な感じで若い勢いのある会社に応募しすぎたのも一つの敗因ではあるかな。

そんな事もありながら、仕事復帰の道へ進むのでした・・・つづく


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